ご 挨 拶

理事長 鶴田 恵美子
理事長 鶴田 恵美子

 一般社団法人「日本支援助言士協会」は、故本田勝嗣先生の「人間の本質は助け合う喜びを分かち合いたいものである」という信念を引き継いで2013年に設立しました。

 

 誰の中にもある「役に立ちたい」という想いを「おたがいさま」と快く繋がれる「支援助言士」として、実態のある行動に結びつけ、「勇気づけのコミュニティづくりの実現」を目指しています。

 

 カウンセリングは支援の一部であり、基本の形ですが、実はカウンセリングを学ぶことで、自分のことを受け入れ、相手を信頼し、貢献する喜びを感じ、肩の力を抜いて人生を前向きに楽しむこと等が育まれます。

 

 何かの役に立ちたい方、家族・職場等の人間関係をよくしたい方、

自分のことをもっと知りたい方、心や生き方に興味のある方・・・

 

どうぞお気軽に足を運んで来てください。


~理事長のブログ 最新記事~

横浜発!!アドラー心理学カウンセラー☆支援助言士

縦糸・横糸 (土, 21 4月 2018)
日本支援助言士協会の鶴田です。   「縦の糸はあなた、横の糸は私、」 と歌う中島みゆきさんの「糸」 という歌は、 運命の出会いを歌い 縦糸と横糸の 織り成す布が傷を癒し、 愛を包むと歌っています。   言葉の力が凄いです。   歌を聴いていて、   人は縦糸と横糸を紡いで今まで ずーっと生きていると   思いを馳せて   いつしか   自分のルーツって何?   とつながっていきました。   そして、   家系のことまで調べてしまいました。   10代まで遡ったら、1024人の先祖 20代まで遡ったらⅠ048万人 30代まで遡ったら1億7千万人   だそうな。   気が遠くなるほどの先祖がいて 今の私がいること、 なかなか 現実感が湧かないのだけど   それだけの人口がいたのでは ないので 元をただせば地球の人は 皆兄弟となるのです。   縦糸と横糸が織りなされ、 いつしか 布が広がり、幾重にも重なって そして、   私が存在している。   「私」   という素材。   私を作り出したのは、   果てしない宇宙の果ても くるむような、折り重なった 糸かもしれないと   考えて、ブルっと 震えました。   私という素材。  絨毯のようにしっかりした厚手 の素材かと思ったら、 以外とごわごわした木綿だった。   いえ一本一本の糸の 様々な種類、 ウール、シルク、麻、ナイロン、 などの糸で編み上げる その糸が 私たちなのかもしれない。   糸であり、織物。一人ひとりの仕上がりが違うモノ、 使いこなし肌になじみの良いモノ 色合いも、いろいろ、 それが自分という素材、 たった一人しかない 味わいの あるものだと。   思わず、 胸に両手を当てて、 愛しい自分に出会えて嬉しい   そんな世界を広げてくれる 「糸」という 歌でした。    自分は、二人といない 存在なのだと思うと、  一生懸命生きている 自分を大事に、愛おしく 誇りを持つていこうと   誰にでも優しくなれそうです。    中島みゆきさんのように 人を勇気づけるカウンセラー として、    今の自分を受容し、 皆と一緒に学び続けるぞ と、勇気が湧いてきました。   日本支援助言士協会は愛と 勇気に溢れる学びの場です。 https://www.sienjogensi.org/               
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らしさ・品性・節度は自己防衛だった (月, 16 4月 2018)
日本支援助言士協会の鶴田です。    大相撲で女は土俵に上がっては いけない、伝統だ、女性差別だと、 毎日のようにワイドショーで話題に なっている。      今までにも度々論争になる話題で、 又元の木阿弥にもどるのだろうなぁ。    だって、伝統は開かずの扉 のようで、皆責任をとりたくないから 切り込んでいく人はいないと思う。    女は穢れがあるということらしい、 穢れ? 何それ、 という感じで怒る気持ちにもなれない。    若い世代ならなおさらで、 何言ってるの? 意味わかんないって 感じではないか。    でも、女性が意味分からない 仕打ちに合っている現実に 目を逸らしてはいけない、 冷ややかに見ているわけには いかない 実態を見逃す ことはできない。    男性と同じ仕事をしていても、 女だからと給料に差があったり、 女の子だから進学しなくてもいい と勉強の機会を奪われたり、 暴力の対象になっている 現実があることを黙って 見ていているわけにはいかない。   しっかり声をあげなくては いけないと思う。    私は若いころ女性の差別に反対 と大声をあげていた時期があった。    でもある時から女性問題を語る時 とても不自由さ感じるようになった、 何ぜか?    男性が享受していることは すべて女性にも機会を与えて 欲しいというのは当然のことだし、 今でも主張し続けたいと思う。   でも女性らしさ、男性らしさなどを 主張するときにためらいを感じる ようになった、 この違和感は何だろうかと考え、 沈黙・・・していた。    電車の中で化粧をするのは 女性らしくないとか、 品がないとか感じるが、 個人の好みの問題だから言っては いけないと思っていた。    だって女性の自由な振る舞いは、 「女はこうでなければならない というという社会通念から 解放された姿であり、自分たちの 時代に刷り込まれたイメージを 押し付けてはならないと モノ解りのよい捉え方をしていた のだ。      内田樹の著書の中に 「らしさ」「品性」「節度」は 制度上の虚飾や虚礼では なく自己防衛のための知恵 であると書いてあるのを 見て、目からう鱗であった。    そうか電車の中での女性の 化粧する姿は変身していく姿を さらけ出しいく無防備さに 不快感をもっていたのか、 だから品位に欠けると 感じていたのかと思ったのだ。 他人の無防備の姿なのだから 私には関係ないがハラハラ するのを無意識に感じ取って いたのかと納得した。   「らしさ」「品位」「節度」は 自己防衛。   例えば女「らしさ」が、 何故、防衛なのか?    慎ましく、スキを見せず、 イラだつことがあっても、 感情をむき出しにしないで    爽やかなニッコリ笑顔で やり過ごす。    何と・・・、大人の対応!!     最近、流行らないですね。 自分の感情を押さえないで   自分を表現する、 それが自分をありのままに 受け入れる   ことだと、拡大解釈が されているので、   自分を押さえないイコール 自己受容イコール 自分らしさであると。   そこには他者と気持ちよく 尊敬し合う関係という視点が 入っていない。   あるのは自分の気持ちだけ。 しかし、他者がいるから、 自分が成立しているのだ   他人がいなくて 自分一人の社会なんて ありえない、相互の関係が あるということが、抜けている。      それでは、成熟した人とは 言えないのだ。  自分のことは自分で守る。 この矜持に私は惹かれる。    学ぶって、楽しい。 自己防衛と知って、「伝統」の意味 が違って見えた。    たくさんの学ぶ場を提供する それが支援助言士協会の ミッションです。 https://www.sienjogensi.org/                
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