ご 挨 拶

理事長 鶴田 恵美子
理事長 鶴田 恵美子

 一般社団法人「日本支援助言士協会」は、故本田勝嗣先生の「人間の本質は助け合う喜びを分かち合いたいものである」という信念を引き継いで2013年に設立しました。

 

 誰の中にもある「役に立ちたい」という想いを「おたがいさま」と快く繋がれる「支援助言士」として、実態のある行動に結びつけ、「勇気づけのコミュニティづくりの実現」を目指しています。

 

 カウンセリングは支援の一部であり、基本の形ですが、実はカウンセリングを学ぶことで、自分のことを受け入れ、相手を信頼し、貢献する喜びを感じ、肩の力を抜いて人生を前向きに楽しむこと等が育まれます。

 

 何かの役に立ちたい方、家族・職場等の人間関係をよくしたい方、

自分のことをもっと知りたい方、心や生き方に興味のある方・・・

 

どうぞお気軽に足を運んで来てください。


~理事長のブログ 最新記事~

横浜発!!アドラー心理学カウンセラー☆支援助言士・コミュニティカウンセラー

日本人は不安が強い (木, 17 1月 2019)
        日本支援助言士協会の鶴田です。      心配性の娘の話題は、   怖くてドキドキした、話ばかり。    でも話しているときの表情は   明るいのです。      何故、娘が心配性なのか?    3年前に書いた「不安」をテーマに、   中野信子氏の記事を   元にして書いたのを   読み直して、腑に落ちたこと、納得   したのを思い出しました。   あらためて、紹介しますね。       日本人は不安が強い?   私は楽天的で、用心深さや、   心配性とは程遠いと 思っていたのですが、   えっ私も不安が強い?・・と 改めて考えさせられ、納得した、   脳科学者、中野信子氏が 話している記事でした。 バーズプラスニュースで   紹介している、   面白い研究とは、  日本人は、S型と言われる遺伝子   が多く、その結果心を安定 させるセロトニンの量が増えず、   不安が強いということです。  S型遺伝子が98,3%(アメリカ67,7%)   もあり、日本人ほぼ全員が不安、ストレスに   弱いといいます。  面白いのは、明石家さんまも、   SS型遺伝子を持っている、 あの、明るい面白いさんまさんも、   不安が強いというの だから,・・・どうやら、ヒトは遺伝子の   奴隷でもないとも言って います。  不安は自分を守るための原始的感情で、   逆にそのメリットもあり、  不安の強い人は友人関係がよい、  記憶力がよい、  IQが高い  交通事故に合いにくい と言うデータもあるそうです。  心配性の おかげで他人からの   印象がよかったり、集中力、 記憶力もあがるということです。  また、不安は人類を危機から、   救う感情でもあるといわれて います。     日本人は不安が強い遺伝子を   持っているということは、決して マイナスではないというのは、   何となく分かってきました。  知性が高いと言われる、日本人。 つつましさ、追究する研究心、   オタク的なほどのストイックな特徴など、 今、世界中から、日本が注目されて   いるのは、結果として、 不安遺伝子の強さから生じているとも   言えるわけです。    脳科学の視点から、解説されると   マイナス、に見える「不安」感情 も受け入れられる気がしませんか?  不安は不安でいい。 不安になったら、自分の心のメッセージ   ととらえ、不安の意味に 思いを巡らせ、耳を傾け、   そっと受け入れる。 そんな余裕で受け止めることが   できそうです。  (バズプラスニュースより)    遺伝子となると、親子でも違うと   いうことか・・と娘と私の   違うことも受け入れることが    出来そうだと納得したのです。       日本支援助言士協会は 支援者のための講座を開催しています。 HP https://www.sienjogensi.org/
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私がカウンセラーになったわけ (Sun, 13 Jan 2019)
日本支援助言士協会の鶴田です。      ときどき、どうしてカウンセラーになったのですか?     と、聞かれることが多くなりました。   今、カウンセラーへの関心が高まったから   かもしれません。      私は、何がきっかけで、カウンセラーに   なろうと思ったのだろう・・と。   自分でも曖昧で、   明確なきっかけは思い出せないが、     漠然と方向は決めていたかもしれないと   思います。   どこかで   私ごときが、カウンセラーなどと   大それたことは考えては   いけないという、思い込みがあったの   は確かです。     30年前は、カウンセラーと   いう職種は少なかったし、身近に   モデルもいなかったこともあり、      カウンセラーに抱いていた   イメージは恐れ多いという、   雰囲気があったように思います。      こんなエピソードを思い出します。   何人かの仲間で雑談していたとき、   一人の友人が「カウンセラーになりたい」   と言ったのです。   そのとき周りは      「はぁ?」    という反応でした。   私も同じような反応をしたことを   覚えています。   (あなたのような、ミーハーがカウンセラー   になりたいなんて、おこがましい)   という皆の反応です。      その時の状況を   覚えているということは、   私も、関心があったからだと   ずーっと後になって、思い出しました。      カウンセラーになりたいという   彼女は正直で率直な人だったのです。      その時、私は   「なんと大胆なことをいう人だ、はぁ?」   と反応したことが   自分を投影していたのだということに   後になって気がついたのです。      その時、私もカウンセラーになりたいと   漠然と考えていたということを。      学生時代から、私は人の話を   聞いたりしていたし、相談をうけたりして    いました。   そして人の「心」に興味があったのです。     私は、周りの反応を気にして   言葉にしないけれども   密かにカウンセラーに   なりたいと思っていたのです。      言葉に出さないということは、   自分の本当の気持ちも分からなくなる。   自分を否定して、私は何をしたいのかと   あらぬ方向で真剣にさまよっていました。      ただ、コツコツとお金と時間が   許すかぎり、いろんな講座に参加していました。      アドラー心理学に出会い、面白くて   楽しくて学んでいたが、   次第に、他の理論にも興味をもつようになり   もっと学びたい、もっと面白い世界が   広がるかもしれない、勉強したいと   産業カウンセラー   を受講しようと思いたったのです。      25年前のことです。   しかし、迷いました。   当時の私には、10万円の参加費を   払うことは、大変で、      迷っているうちに申し込み期間も   ギリギリになり、とうとう締め切り   になったのてす。でも、     やっぱり、受けたいと考え直しキャンセル待ち   で申し込んだのです。   空がなかったら、諦めようと消極的な   態度でしたが、滑り込みで参加する   ことができたとき、   何かが吹っ切れた気がしました。      この道でいこうと、腹をくくる覚悟が   出来た気がします。      「決めた」ことがカウンセラーへの   第一歩を踏み出したのです。   実際は何も活動もしていなくても      自分で決めない限りは   始まらない。     ましてやプロにはなれない。    「自己決定」在りきです。   自分で、カウンセラーになると決めたら、   お誘いがありました。     カウンセリングルームを   開いていた産業カウンセラー講座   の仲間からの誘いでした。     仲間の経営するカウンセリングルーム   で実践を積みカウンセラーとしての力   をつけてきました。      「決めること」は自分に力と勇気を   もたらすと、確信した体験です。   どうしてカウンセラーになったのですか?   と訊かれたら、今    私は、カウンセラーになりたかったから   なったのですと、応えることにしています。        日本支援助言士協会は支援者を 養成する機関です。 https://www.sienjogensi.org/            
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