ご 挨 拶

理事長 鶴田 恵美子
理事長 鶴田 恵美子

 一般社団法人「日本支援助言士協会」は、故本田勝嗣先生の「人間の本質は助け合う喜びを分かち合いたいものである」という信念を引き継いで2013年に設立しました。

 

 誰の中にもある「役に立ちたい」という想いを「おたがいさま」と快く繋がれる「支援助言士」として、実態のある行動に結びつけ、「勇気づけのコミュニティづくりの実現」を目指しています。

 

 カウンセリングは支援の一部であり、基本の形ですが、実はカウンセリングを学ぶことで、自分のことを受け入れ、相手を信頼し、貢献する喜びを感じ、肩の力を抜いて人生を前向きに楽しむこと等が育まれます。

 

 何かの役に立ちたい方、家族・職場等の人間関係をよくしたい方、

自分のことをもっと知りたい方、心や生き方に興味のある方・・・

 

どうぞお気軽に足を運んで来てください。


~理事長のブログ 最新記事~

横浜発!!アドラー心理学カウンセラー☆支援助言士

アドラー種まき・お節介 (木, 18 1月 2018)
 アドラー種まきと、せっせと活動している仲間をみると健気で、一人でも多くの方に届けたいとの想いで動いているのをみていていじらしくなってきます。    私は、いわゆる、母性にあふれた、肝っ玉母さんではないけれど 自分が感動したものは、人に薦めたい、話したいと思うタチ(質) です。  いわゆるお節介。   お節介と言えば、  20代の時、友人が離婚したいといいながらも、ズルズルと夫の暴言、横暴さに耐えていたのを見て、「いつでも家でするのに手を貸すよ」と 伝えて、愚痴の聞き役をしていたことを思い出します。    友人はまだ子どもがなく、同棲して半年くらいの頃だったと 思うが、ある日 彼女は、家出決行を決意して、連絡をしてきました。   私 「何時に迎えに行けばいいの?」 友人「夫が飲みに行って、帰る前に出たい、8時頃来て」   というので、彼女の家の裏に私は車を止めて8時に待っていました。  彼女は8時10分くらい前に、ボストンバック荷物を持って車にやってきて、   友人「もう少し荷物を持ってくるから、待っていて」   とまた家に戻っていったのです。  それからは、待てど暮せど姿を現さない。 家を見ると煌々と電気がついています。電気が明るく点いているのを見て、夫が予想外に早く家に帰って来たのだと私は悟ったのです。    その後、一つのボストンバックはどうしたか覚えていないが。 (多分数日後に返しに行ったと思う)    それから、40年連れ添っている友人です。 今でもあの時、家を出ていたらよかったとのたもうている。    今、夫婦は仲がいいかというと、決してそうではない、いまだに、召使いと奴隷のように、仕えすべての財産を失い、夫は病に伏せている状態であるとという。  今さら、病んでいる夫を見捨てて家を出る訳にはいかない、でも、あの時ボストンバッグ一つで出ていけば、私の人生変わったのにと、嘆く友です。    いや、あなたは自分でこの夫と連れ添うと決めただから、最後まで、添い遂げなさい」と私は言うが。    お節介という言葉で、いつもそのエピソードを思い出します。    40年間の友人夫婦の修羅場を見てきて、それでも子どもが4人 でき、今決して幸せかというと、わたしの基準から言うと幸せでは ないと、想うのだが、待てよ、とどこかでつぶやく自分がいます。    幸せの形って、一律ではない、私の描く幸せで彼女を捉えてはいけないと、思ったりします。    何より、40年一緒に苦労をした夫婦です。 罵倒されたかもしれないが、彼女の居続ける理由、表面的には子どものためかもしれないが、分からないです。    あの時、家を出ていればよかったというがその後に、いくらでもチャンスはあったはず、きっと家を出ないと決めたはずです。    お節介することで、私は自分で経験しない他の人の経験をたくさんしてきたと、想っています。    我関せずもいいけれど、たくさんの疑似体験をしたことで私の経験の幅が広がって来たと思います。    今は闇雲のお節介から「アドラーの種まき」と、説得力のある おせっかいへと進化してきています。    お節介のすすめです。    コミュニテイーカウンセラーを養成しています。 https://www.sienjogensi.org/  
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アドラー心理学を生きたい (月, 15 1月 2018)
 日本支援助言士協会の鶴田です。      年賀状をきっかけに、 30年前、一緒に働いていた方と 久しぶりに電話で話した。  声を聴いて一気に30年前に ワープ。    以前と何も変わらない、お互いの 声、会話。 何年たったっけ!! と繰り返す、二人。 30年前? という響きと 自分の認知のズレ!!     30年・・・か。      この感覚は、先輩から何度も聞か されてきた。     いくつになっても気持ちは、20代と。   そして、  母が、何もかもうまくできなくなった とボヤいていたのを思い出した。    母のボヤキに、私は  「年なのだから、仕方ないでしょ」 自分の年齢、今の自分を受け入れて と心の中で、非難していた。    母は何でもできていた頃、バリバリ やっていた頃の自分の気持ちのまま、 縁側に座っていたのかもしれない。    母を受け入れることができていな いのは自分だったのだと、改めて 思った。    客観的な自分と  主観的な自分 私たちは主観で生きているのだと 頭では理解している。   大いなる勘違いをさける客観性と 主観を生きる、自己受容と バランスとりながら、   勘違いも受け入れ、自分を受け 入れ笑飛ばす。  そして丁寧に生きたい。   タフな自分でありたいと思った。    ゴーゴーと、音を立てて流れて 過ぎていくような時間の感覚。   ドクドクと規則正しく心臓が脈打ち 刻む時間。    主観を認識できる、知性は保ちたい と願った新年、  アドレリアンアプローチ・ コミュニティーカウンセラーの学び を通して丁寧に生きることを覚悟 した新年であった。      日本支援助言士協会は コミュニティーカウンセラー養成機関 です。詳しくはこちらから https://www.sienjogensi.org/    
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