会 長 挨 拶

会長 鶴田 恵美子
会長 鶴田 恵美子

一般社団法人「日本支援助言士協会®」は、 故本田勝嗣先生の「人間の本質は助け合う喜びを分かち合いたいものである」という信念を引き継いで2013年に設立しました。

また、2020年初頭より代表理事を佐藤泰三とし、一層の理念実現を推進する所存です。

 

誰の中にもある「役に立ちたい」という想いを 「おたがいさま」と快く繋がれる「支援助言士」として、実態のある行動に結びつけ、「勇気づけのコミュニティづくりの実現」を目指しています。

 

カウンセリングは支援の一部であり、基本の形ですが、実はカウンセリングを学ぶことで、自分のことを受け入れ、相手を信頼し、貢献する喜びを感じ、肩の力を抜いて人生を前向きに楽しむこと等が育まれます。

 

何かの役に立ちたい方、家族・職場等の人間関係をよくしたい方、自分のことをもっと知りたい方、心や生き方に興味のある方・・・ どうぞお気軽に足を運んで来てください。


~会長のブログ 最新記事~

横浜発!!アドラー心理学カウンセラー☆支援助言士・コミュニティカウンセラー

自粛最中に、発売 (金, 05 6月 2020)
4/17日に発売予定 !?    コロナ渦、真っ最中。        静まりかえった日本列島、街の灯りは消え、   シャッターは締まり。   春の風が、静かにさやさやと吹く。      初めて経験する、自粛という事態だ。    あぁ、戦争前の人々の暮らしとは   比較にならないだろうけど、    コロナという見えないものが相手では   恐怖は、充分すぎるほどだ。      自粛の生活スタイルを獲得するのに必死   だった。    今までは、時間も関係なく、   夜中まで動き、    場所も関係なく日本列島の端から端へ   海外へ飛行機で飛びまわり、船で優雅に海を渡り、   縦横無人に地球を動き続けていた      それが、一気に   「家から出ないように!!」 となり、   凍りついた。    もがいた。    どうすればいい?     私たちは、あの手、この手で   人と繋がろうとした。    SNSは、大活躍。    オンラインという、   新兵器を手に入れたばかりの   私たちは、必死につながろうと   懸命になった。      兵器ではなく、救世主だったのだ。   そして、   これから、どうなる!!    アフターコロナ!!     そして、そして    出版したばかりの私の本が   やっと、本屋の店頭に並ぶことが   できた。      横浜そごう7階の紀伊国屋書店   一番隅にある心理学の棚に   置いておいてあった。      世の中に出たと思ったら、   行き場がなくなり、倉庫で山積み   の事態に、きっと寂しかっただろう。    これから、ゆっくり、   女性たちに呼びかけてくれるだろう。    「アドラーに救われた女性たち」の本     頼むよ~!!                 
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子ども英語でじゅうぶん (Sun, 31 May 2020)
 「子ども英語で通じる、英会話」 エッセイ。 複雑な我が夫婦と英会話  「英会話」ねぇ・・・とため息ともつかぬ、 思い入れのあるテーマだ。    我が夫の、趣味が「英語」である。 毎日一時間は机に向かって何やら通訳資格試験の 勉強をしているので、私には「聖域」となって近づかない 領域である。    その上、ちょっとした複雑な思い出がからみあっている。 高校時代、沖縄の米兵相手のスーベニアショップで アルバイトをしていたことがある。 ベトナム戦争の真っ只中だった。 政治問題より、自分のことで精いっぱいの当時の私は、 自分がバイトしているところと、 ベトナム戦争が結びついているとは考えもしなかった。    基地の街の繁華街は、大賑わいで 米兵はいつも騒いでいた。 昼間からテンション高く話し、ハグして笑い、 たまにはケンカが始まる。 昼間から酔っぱらっている人もいる。    後で考えたら、あの時の米兵はわずかな 休暇があると、戦場から沖縄にリフレッシュ休暇で 来ていたのだ。 戦場から解放され、いつ命がなくなるかもしれない 日々を送っていたのだ。 心理的に追い詰められた破滅的な状態だった のだとおもう。    ベトナム戦争と米兵の心理を結びつけられなかった にしても、学ぶ意欲があれば そこで英会話を覚えるいいチャンスだったのに、 私は何故か頑なに拒んでいた。   「メイアイヘルプYOU」さえ言えばいい、 たいていの米兵は 「オー、ジャストルッキングナウ」というだけ、 それ以上商品のことを質問されたら、 即先輩につないだ。    今考えると何と勿体ないい いチャンスだったのにと思うが、 思春期真っ只中の私はすべての事が 上手くいかなくて、周りに怒り散して、 反抗していた。    「ここはアメリカではない、日本なのだ、 お前たち帰れ」 という思いだった。  いつも、隣には「英会話」の世界が広がっていたのに・・・。    今、夫の部屋からはブツブツと「英会話」が聞こえてくる。 夫は、資格を取ることは目的にしていない、 楽しいからやっているのだという。    楽しいからやるのは理解できるが、ここまで(30年)も、 コツコツやり続ける動機が分からない。 「英語ってコミュニケーション」の手段でしょう、 真剣に学ぶことが理解できないと  以前はケンカを吹っかけていた。   30年も続くと、今は私の中で「聖域」にまで 昇格してしまっている。   多分、私は「子ども英語」で充分という思いがあったのだ。 何で通訳のような難しい領域を目指しているのか、 言葉は通じればいいのではないかと 議論が勃発してしまうのが予想されるので 「君子危うきに近寄らず」である。   今私は、分からないことがあったとき 「教えて」と素直に言うと 夫も鼻を膨らませて「どれどれ・・」とドヤ顔で、 生きがいにあふれて優しくなる。   海外の旅は年に一度の夫婦のイベントだが、 二人で海外へ旅行するとき、私もその時ばかりは 大和なでしこになり、夫についていく妻になる。    実態は夫が荷物を持ち、私の後ろを歩いている。    話は飛ぶが、今年はあのエリザベスクイーン号に 乗って、台湾へ行く計画であった。   コロナがなければ、今頃は、 あのエリザベスクィーン号の旅をして、 船の上を楽しんでいるはずだった。    英会話というと、外国へ行ったとき やっぱり学んでおけばよかった・・。    と、夫を尊敬することになる。   文サロで書いたエッセイに加筆しました。    
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